【結婚前に読んで】『自分の時間』を捧げられないなら結婚はするな。その優しさが相手を不幸にする理由

【この記事はこんな方に向けて書いています】

  • 結婚を考えているが、自分の時間やキャリアを失うことに強い抵抗がある方
  • パートナーは好きだけど、自分の趣味や友人との時間を最優先したいと感じてしまう方
  • 「結婚=我慢や自己犠牲」というイメージが拭えず、決断に踏み切れない方
  • パートナーとの時間の使い方に、どこか「もやもや」した気持ちを抱えている方
  • これから後悔しない結婚相手選びをしたいと真剣に考えているすべての方

「自分の時間を大切にしたい」そう思うのは、決してわがままなことではありません。キャリアを築きたい、趣味に没頭したい、一人で静かに過ごしたい。それらは、あなたという人間を形作る大切な要素です。しかし、もしあなたが「結婚」を視野に入れているのなら、一度だけ、真剣に考えてみてほしいのです。「その大切な自分の時間を、目の前のパートナーのために、喜んで使うことができるか?」と。もし、この問いに少しでも躊躇するのなら、その結婚は一度立ち止まるべきかもしれません。なぜなら、自分の時間を守りたいというあなたの「優しさ」や「気遣い」が、長い目で見ると、愛するパートナーを深く、静かに傷つけ、結果的に二人を不幸にしてしまう可能性が非常に高いからです。この記事では、なぜ結婚において「時間の共有」が本質的なのか、そして、その覚悟がないまま進む結婚がどのような悲劇を生むのかを、統計データと共に解説していきます。

なぜ「自分の時間」がこれほど重要になったのか?

まず、大前提として確認しておきたいのは、「自分の時間を大切にしたい」という価値観が、現代においてごく自然なものであるという事実です。

かつて、結婚は「男性が外で働き、女性が家庭を守る」というモデルが主流でした。しかし、時代は大きく変わりました。厚生労働省の調査によると、共働き世帯の数は、1990年代後半には専業主婦世帯を上回り、今やその差は2倍以上にもなっています。つまり、男女共に社会で責任を負い、キャリアを追求することが当たり前の時代なのです。

仕事だけではありません。SNSを通じて誰もが発信者になれる時代、自己投資やスキルアップのための勉強、多様化する趣味や推し活、友人との繋がりなど、私たちの人生を豊かにする要素は、かつてないほど増えています。

このような社会背景の中で、「個」としての自分を確立し、そのための時間を確保したいと願うのは、人間として当然の欲求と言えるでしょう。それは、けっして自己中心的な考えではなく、変化の激しい時代を自分らしく生き抜くための、いわば「生存戦略」なのです。

問題は、この「個人の尊重」という現代的な価値観と、「共同生活」という結婚の本質を、どうすり合わせていくかにあります。このすり合わせを怠ったまま、なんとなく結婚へと進んでしまうことに、大きな落とし穴が潜んでいるのです。

結婚とは「時間の契約」。その本質から目をそむけてはいけない

恋愛と結婚の決定的な違いはなんでしょうか。それは、時間の使い方にあります。恋愛は、お互いのスケジュールを調整し、「会いたい時に会う」という「点」の関係です。しかし、結婚は違います。結婚とは、一つ屋根の下で生活を共にし、人生の時間を共有するという「線」の関係に変わることを意味します。

これまで、あなたの自由に使えていた平日の夜、週末、長期休暇といった時間が、否応なく「二人の時間」という性質を帯びてきます。これは、人生という時間をどう配分していくか、という「時間の契約」を結ぶことにも等しいのです。

もちろん、結婚したからといって、個人の時間がすべて無くなるわけではありません。むしろ、健全な夫婦関係においては、お互いの一人の時間を尊重することが不可欠です。

しかし、その根底には、「二人の人生を共に創っていく」という共通の目的がなければなりません。その目的のために、自分の時間を相手のために使う覚悟が、どうしても必要になるのです。

司法統計年報によれば、離婚の申し立て動機として、男女ともに最も多いのが「性格が合わない」という理由です。これは長年トップを走り続けています。そして、この漠然とした「性格の不一致」という言葉の裏には、「時間の使い方」「人生の優先順位」「相手への関心の度合い」といった、時間に関する価値観の致命的なズレが隠れているケースが非常に多いのです。「自分の時間」を聖域化しすぎるあまり、この「時間の契約」という結婚の本質から目をそむけてしまうと、関係は静かに、しかし確実に蝕まれていきます。

「捧げられない」が引き起こす、3つの悲劇

では、具体的に、「自分の時間を相手のために使えない」という状態が、どのような悲劇を生むのでしょうか。ここでは、起こりうる3つの深刻な問題について解説します。

悲劇1:無関心という名の精神的な孤独

自分の趣味や仕事を優先するあまり、パートナーが話しかけてきても「ながら聞き」をしたり、「今忙しいから後で」と遮ったりすることが増えていく。これは、相手から見れば「自分への無関心」以外の何物でもありません。

結婚生活において、パートナーとの会話や共に過ごす時間は、お互いの存在を確認し、絆を深めるための大切な儀式です。その時間をあなたが「自分の時間を削られるもの」と認識していると、パートナーは「自分は、この人にとって大切な存在ではないんだ」という深い孤独感に苛まれることになります。

直接的な暴力や暴言がなくとも、この「無関心」は相手の心を静かに傷つけ、自己肯定感を奪っていきます。同じ家にいるのに、心はまるで別々の場所にいる。これは、一人でいるよりも辛い、精神的な孤独地獄の始まりです。

悲劇2:「言えない不満」の蓄積と爆発

あなたのパートナーが、もし心優しい人であればあるほど、悲劇は深刻化します。なぜなら、優しい人ほど「あなたの時間を邪魔したくない」と考え、自分の「寂しい」「もっと一緒にいたい」という気持ちを、口に出さずに我慢してしまうからです。

「彼(彼女)は、自分の時間を大切にしているから」 「疲れているのに、わがままは言えない」

そんな健気な気遣いが、不満という名の澱(おり)となって、心の中に少しずつ溜まっていきます。そして、その我慢が限界に達した時、それは些細なことをきっかけに、大きな怒りや失望として爆発します。あなたからすれば「なんで急にそんなことで怒るんだ?」と思うかもしれません。しかし、相手にとっては「急に」ではないのです。それは、これまであなたが気づかなかった、あるいは気づかないふりをしていた、無数の小さなSOSの最終通告なのです。

悲劇3:人生の共同プロジェクトの頓挫

結婚生活は、楽しいことばかりではありません。むしろ、二人で力を合わせて乗り越えなければならない「共同プロジェクト」の連続です。

子育てはその典型でしょう。子どもが生まれれば、それこそ24時間体制で、夫婦が時間と労力を注ぎ込まなければなりません。片方が「自分の時間はこれまで通り確保したい」と言い出せば、もう一方にすべての負担がのしかかり、心身ともに追い詰められてしまいます。

子育てだけではありません。どちらかの親の介護、マイホームの購入、予期せぬ病気や失業。人生には、一人では背負いきれない重荷が、突然現れることがあります。そんな「いざ」という時に、「自分の時間」を優先し、パートナーと向き合うことから逃げてしまう人と、人生という航海を共に乗り切ることはできるでしょうか。答えは、明白です。

あなたは大丈夫?後悔しないための「時間価値観」セルフチェック

ここまで読んで、「自分はもしかしたら…」と不安になった方もいるかもしれません。大切なのは、自分の本心から目をそむけず、正直に向き合うことです。もし、あなたが今、結婚を考えているパートナーがいるなら、以下の質問に、心の中で正直に答えてみてください。

  1. 休日の朝、目が覚めた時。まず頭に浮かぶのは「パートナーと何をしようか」ですか?それとも「自分のために、今日は何をしようか」ですか?
  2. パートナーが、今日あった出来事や悩みを長々と話し始めた時。「興味深いな」と思いますか?それとも、正直「早く終わらないかな」と感じますか?
  3. どうしても達成したい自分の目標(仕事や趣味)があります。そのために、パートナーとの記念日や大切な約束を、キャンセルすることに強い抵抗はありますか?
  4. パートナーが急な高熱で寝込んでしまいました。あなたは、楽しみにしていた友人との予定を、心から「仕方ない」と思ってキャンセルし、看病に専念できますか?
  5. あなたの1週間のうち、理想的な「自分のための時間」と「パートナーのための時間」の比率は、何対何くらいですか?

これらの質問に、絶対的な正解はありません。しかし、もしあなたの答えが、明らかに「自分の時間」に偏っているのであれば、今のパートナーとの結婚について、もう一度深く考える必要がある、というサインなのかもしれません。

「最高のパートナー」とは時間を「奪い合う」のではなく「与え合える」相手

この記事は、決して「結婚するなら、自分の時間をすべて捨てろ」と言っているのではありません。むしろ、その逆です。本当に相性の良い、最高のパートナーと結ばれてほしいのです。

最高のパートナーとは、お互いの「一人の時間」の価値を理解し、尊重し合える人です。あなたが自分の時間に没頭している時、それを快く応援してくれる。相手が自分の時間を楽しんでいる時、あなたもそれを心から喜べる。そんな関係です。

そして、それ以上に大切なのは、相手のために自分の時間を使うことを「自己犠牲」や「我慢」だとは感じない、ということです。

「この人の喜ぶ顔が見たいから、サプライズの準備に時間を使おう」 「この人が落ち込んでいるから、自分の予定は後回しにして、そばにいて話を聞いてあげよう」

そういった気持ちが、打算なく、自然に湧き上がってくる。自分の時間を相手に「与える」ことが、巡り巡って自分の幸せや喜びに繋がっていると、心から感じられる。

もしあなたが、今目の前にいるパートナーに対して、そう思えるのであれば、何も心配はいりません。あなたは、自分の時間も、二人の時間も、同じように大切にできるはずです。

「自分の時間を捧げられない相手とは結婚するな」という言葉は、見方を変えれば、「自分の時間を喜んで捧げたいと思える相手と、生涯を共にしなさい」という、究極のエールなのです。あなたの貴重な時間が、奪い合う関係ではなく、豊かに与え合える関係のために使われることを、心から願っています。

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